乳酸は「疲労の原因」ではない。 この一文が、あなたのトレーニングを根本から変えるかもしれません。
長距離ランナーやマラソン完走を目指すランナーにとって、「どれだけ速く、どれだけ長く走れるか」は永遠のテーマです。その答えに直結する指標が「乳酸性作業閾値(LT:Lactate Threshold)」です。
今まで、「なんとなく聞いたことはあるけど、実際詳しくは知らなかった」内容を調べ、記事としてまとめてみました。
乳酸性作業閾値(LT)とは何か?
乳酸性作業閾値(LT)とは、運動強度が上がるにつれて、血中乳酸の生成速度が除去速度を上回り、急激に蓄積し始めるポイントのことです。
LTが高いと何が変わる?
- 速いペースを長時間維持できるようになる
- マラソンやハーフマラソンのタイムが直接改善する
- レース後半での「失速」を防ぎやすくなる
LTはVO2Max(最大酸素摂取量)と並んで、持久系スポーツのパフォーマンスを左右する最重要指標のひとつです。
乳酸は「悪者」ではなかった
「乳酸=筋肉痛や疲労の原因」という説は、長年ランナーの常識として定着していました。しかし、近年の研究によってこの通説は完全に覆されています。
しゅんた実際に私もこの記事を書く為に勉強するまでは、「乳酸=筋肉痛や疲労の原因」が当たり前だと思っていました。そんなランナーの方も多いのではないでしょうか?
乳酸の3つのポジティブな役割
| 役割 | 詳細 |
|---|---|
| エネルギー源として再利用 | 筋肉で生成された乳酸は、他の筋線維・心臓・脳のエネルギー源として活用される(乳酸シャトル説) |
| 体の強化を促す | ミトコンドリアの増殖・毛細血管の新生・筋肉の炎症抑制に関与する |
| 認知機能の維持 | 脳損傷の回復を早める点滴にも使われており、運動中の判断力維持にも貢献する |
つまり乳酸は、筋肉を壊す「廃棄物」どころか、体をより強く・賢くするシグナル物質だったのです。
この理解の転換は、トレーニング設計にも大きな影響を与えていると言われています。
LTスピードの測定方法3選

「でも、LTの測定どうやってやるねん!」と思った方、安心してください。フィールドで手軽にLTスピードを推定できる方法があります。
① 12分間走テスト(コスパ最強の集団測定法)
大阪総合保育大学などの研究(2016年)で有効性が確認された方法です。
やり方:
- 12分間、できるだけ長い距離を走る
- 走った距離から「平均速度(m/分)」を算出
- その 80〜85%の速度がLTスピードの目安
信頼性のデータ: 被験者36名中35名(97%)が、80%相対速度においてLTスピードの±10%圏内に収まったことが報告されています。
複数人を一度にテストでき、マラソン記録との相関も非常に高いため、チームやクラブでの活用にも最適です。
② ジョー・フリエル式・30分間タイムトライアル
個人でより正確なデータを得たい場合に有効な方法です。
やり方:
- 30分間、全力で持続可能な限界の強度で走る
- 最初の10分を除いた「残り20分間の平均心拍数・ペース」を記録
- その数値が、あなたの乳酸閾値(機能的閾値)に近似する
正確なデータ取得のためには、胸部ベルト式心拍計の使用が推奨されます。光学式(手首)より精度が高くなります。しかし胸部ベルト式心拍計の使用は市民ランナーにとってはあまり現実的ではないかもしれませんね(笑)
③ ウェアラブルデバイスによる自動検出
Garmin Forerunnerシリーズなど高機能GPSウォッチは、トレーニング中の心拍数とペースの変動から乳酸閾値を自動計算する機能を搭載しています。
日常のトレーニングデータを蓄積するだけで推定値が得られるため、最も手軽な選択肢です。ただし、精度向上のために数回のトレーニングデータが必要となります。
Garminを使用されている方であれば、Garmin connectのアプリから「詳細」→「パフォーマンス統計」→「ランニング乳酸閾値」の順で進んでいくと自分が今どれくらいの数値なのかがわかります。
トレーニングゾーンとVDOTの活用法
LTスピードがわかったら、次は「どのゾーンで何を鍛えるか」を理解することが重要です。
換気性作業閾値(VT)による強度の把握
呼吸のパターンで自分の代謝状態を把握できます。
- VT1(第1換気性作業閾値): 会話が楽にできる強度。脂質代謝が高く、有酸素能力を底上げする。
- VT2(第2換気性作業閾値): 会話がとぎれとぎれになる強度。糖質代謝が主体となり、乳酸が急増し始める転換点。
ジャック・ダニエルズ博士のVDOTとトレーニングゾーン
ジャック・ダニエルズ博士が提唱する「VDOT」は、レース結果から走力を数値化し、最適な練習ペースを導き出す科学的な指標です。
| ゾーン | 略称 | 主な目的 | 強度目安(最大心拍数比) |
|---|---|---|---|
| イージー | E | 怪我への耐性・心筋強化・血液の酸素運搬改善 | 65〜79% |
| マラソン | M | レースペースへの習熟・自信の構築 | 80〜90% |
| 閾値 | T | 乳酸除去能力の向上(持久力アップ) | 88〜92% |
| インターバル | I | VO2Max(最大酸素摂取量)の向上 | 98〜100% |
| レペティション | R | スピード・ランニングエコノミーの向上 | 無酸素性強化 |
LT向上に直結するのは「閾値(T)ゾーン」です。このゾーンでのトレーニングが、マラソンのタイム改善において最も効率的とされています。
世界が注目するノルウェー・モデル(二重閾値走)
近年、長距離ランニング界で最も話題になっているメソッドが「ノルウェー・モデル(二重閾値走)」です。
2024年パリ五輪5000m金メダリストでもあるヤコブ・インゲブリクトセンらの成功によって、その有効性が世界中に広まりました。
二重閾値走の3つの原則
① 1日2回の閾値トレーニング
週に数回、午前・午後に分けて閾値強度のトレーニングを実施します。
② 「あえて強度を下げる」乳酸コントロール
一般的な閾値トレーニングが乳酸値4.0mmol/Lを目標とするのに対し、ノルウェー・モデルでは2.3〜3.0mmol/L(フルマラソンペース前後)に抑えるのが特徴です。
③ 分割走(インターバル形式)で総ボリュームを稼ぐ
- 6分 × 5本
- 1000m × 10本
連続走ではなく分割走にすることで、スピードを維持しながらトレーニング総量を最大化します。
なぜこれが機能するのか?
| メリット | 理由 |
|---|---|
| 高ボリュームの確保 | 強度を抑えることで筋肉への負担を軽減し、閾値域での滞在時間を最大化 |
| 回復の最適化 | 追い込みすぎないため翌日のトレーニングへの影響が少ない |
| オーバートレーニング防止 | 疲労の蓄積を制御しながら高頻度のトレーニングが可能 |
提唱者のマリウス・バッケンは「ボリュームはスピードに勝る」という哲学を強調しています。無理に速く走るより、適切な強度で量を積み重ねることが、長期的なLT向上につながるという考え方です。
しゅんたとても参考になる内容ではありますが、日々の仕事やプライベートの合間を縫って練習している市民ランナーの方からすると、どう時間を確保するかが重要になってきそうですね。
閾値トレーニングの実践ポイントと注意点

コースと環境の選び方
閾値トレーニングは「一定の運動強度を維持すること」が最大の目的です。そのため、環境選びが重要になります。
- フラットで足場が安定したコース(陸上トラック・周回公園)
- 信号や障害物がない
- 強風・酷暑の日(設定ペースが乱れ、生理学的負荷が過剰になる)
気温が高い日はペースを意図的に落とし、体感強度を一定に保つ工夫が必要です。
しゅんた私自身、皇居での練習が多く、なかなかフラットのコースでの練習ができていなかった為、閾値走を行う際はフラットコースを選択し練習の質を高めていく必要があるなと感じました。
初心者のための段階的な導入法
いきなり20分間の連続閾値走は多くの初心者には難しいものです。そんな場合は「クルーズインターバル」から始めましょう。
クルーズインターバルの例:
- 5分走 + 1分休息 × 4〜5セット
徐々に連続走行時間を延ばしていくことで、無理なく閾値トレーニングへ移行できます。
推奨頻度:
- 一般ランナー:週1回が基本
- 高強度トレーニング(インターバル含む)は週2回を超えないこと
最も多い失敗:「速く走りすぎること」
閾値トレーニングで最も陥りやすいミスは、設定ペースより速く走ってしまうことです。
タイムトライアルのように追い込みすぎると、翌日以降の練習継続性が崩れ、長期的なトレーニング効果が低下します。
適正強度の目安は、「楽ではないが、キツすぎない。早く終わってほしいとは感じない」程度。この絶妙な強度を守ることが、LT向上の最短ルートです。
まとめ:LTを高めることがマラソン上達の最短ルート
- 乳酸は悪者ではない ── エネルギー源として再利用され、体を強化するシグナル物質
- LTは採血なしで測定できる ── 12分間走や30分TTを活用しよう
- VDOTで適切なゾーンを把握 ── 個々の走力に合った強度設定がカギ
- ノルウェー・モデルを参考に ── 強度を抑えてボリュームを最大化する
- 速すぎず、しかし楽すぎず ── 閾値ゾーンの維持が効果の源泉
LTを継続的に高めていくことは、すぐにはできません。しかし、科学に基づいた適切な強度管理を続けることで、確実にマラソンタイムの改善につながります。
やみくもに練習するだけでなく、トレーニングの管理を適切に行うことであなたも自己ベスト更新の兆しが見えてくるはずです!
本記事の内容は、大阪総合保育大学等の研究データおよびジャック・ダニエルズ博士・ジョー・フリエル氏・マリウス・バッケン氏らの理論をもとに構成しています。

